原子番号113番の新元素「ニホニウム」の発見には、10年という長い道のりがあった

名古屋市科学館の理工館6階「最先端科学とのであい」の「話題の科学」コーナーでは、「日本発でアジア初」となる元素記号の命名権を獲得した、原子番号113番の元素「ニホニウム」の話題を提供しています。

原子番号113番の元素「ニホニウム」を発見したのは、理化学研究所の仁科加速器研究センターの超重元素研究グループです。超重元素研究グループのグループディレクターは、九州大学大学院理学研究院教授の森田浩介さんです。

2017年3月に九州大学で、「113番元素「ニホニウム」発見」と題して森田浩介教授の講演会があり、その記録を見る機会がありましたのでレポートします。

「日本原子物理学の父」と呼ばれた仁科芳雄博士

理化学研究所の仁科加速器研究センターの「仁科」は、仁科芳雄博士(1890~1951)を称えて命名されました。仁科先生はサイクロトロン(円形加速器)を世界に先駆けて建設し、日本で初めて実験を始めた方で「日本原子物理学の父」と呼ばれています。

1920年に理化学研究所に入所した仁科先生は、1923年にコペンハーゲン大学に留学し、ボーア博士(1922年に「原子構造とその放射に関する研究」でノーベル物理学賞受賞)の下で量子力学を学んで帰国しました。1931年に仁科先生が京都大学で行った量子力学の集中講義には、戦後にノーベル賞を受賞する湯川秀樹先生や朝永振一郎先生も聴講していたそうです。仁科先生は教育者としての顔も持ち、弟子たちからは「親方」と呼ばれて慕われていたようです。

アジア初、日本発の元素「ニホニウム」発見

2016年6月8日、新元素発見を認定するIUPAC(国際純正応用科学連合)は、理化学研究所グループが発見し命名権を得た113番元素について「命名を”ニホニウム”、元素記号を”Nh”とする」と発表しました。この案は5か月後の11月30日に正式決定され、元素周期表にアジア初、日本発の元素が登場することになりました。

元素周期表を見ると、ほとんどの元素は自然界で発見されていますが、人工合成により発見された元素もあります。理化学研究所が合成した113番元素は、第7周期13族です。元素周期表は人類の知的財産で、そこに足跡を残せたことは誇りであると感じています。

天然の元素とは

宇宙は水素とヘリウムで98%を占め、その他の元素は2%しかありません。

地球の地殻はほとんどが土で、酸素とケイ素が75%を占め、残りはアルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、水素と微量元素です。

人体は、酸素と水素と炭素で93%を占め、残りは微量元素です。

人類は古代から、石炭、鉄、金、硫黄、自然銅、自然銀、自然水銀、自然鉛、自然白金などに工夫をして文明を築いてきました。

中世のアラブやヨーロッパでは、錬金術師が様々な化学操作で元素を発見しました。尿を煮詰めてリンを発見したり、ヒ素やビスマスも発見しています。

理化学研究所ではビスマスに亜鉛をぶつけて113番元素を作ったので、錬金術師の末裔といえるのかもしれません。

人工合成の元素とは

元素は原子番号で表示されます。原子番号は原子核の中の陽子の数と一致します。新しい元素を人工合成するには、今までにない陽子の数を持った原子核を作ればよいのです。こうして、1940年頃から元素の人工合成が始まりました。

なぜ、自然界には92番元素(ウラン)までしか存在しないのでしょうか。原子核は陽子と中性子から成りますが、陽子はプラスの電気を持つので、原子番号が大きくなるほど、陽子同士の反発が強まります。陽子同士の反発力が強まると、不安定になります。93番以降の元素(超ウラン元素)になると、一つの元素として存在するより、二つ以上に分裂した方がエネルギー的に安定するので、自然界に存在しないのです。超ウラン元素は人工合成しても、すぐに核分裂します。理化学研究所で生成した113番元素も生成後すぐに崩壊しました。

93番から106番の超ウラン元素はアメリカが作りました。107番~112番はドイツが作りました。理化学研究所が新元素の合成に本格的に取り組み始めた時には112番の元素まで作られていたので113番を目指すことになりました。

113番元素の合成

理化学研究所では、原子番号30番の亜鉛と83番のビスマスを核融合反応されることで113番を合成しました。陽子数は亜鉛(30)+ビスマス(83)=113個となります。原子核はプラスの電気を帯びているので、高速で加速しないと核融合しません。そのため、大型加速器などの実験装置が必要です。それも世界一の装置が必要です。それというのも、新元素発見を目指す世界規模の競争において、勝負を決するのは装置の性能だからです。理化学研究所では独自の実験装置を開発しています。

「ECRイオン源」で大量の亜鉛をイオン化します。この亜鉛イオンを「線形加速器RILAC」(全長40m)で光速の10%まで加速し、標的のビスマスにぶつけ、核融合反応を起こします。この時、1秒間に2.4兆個の生成物を生じますが、目標とする113番元素は200日に1個しかできません。亜鉛とビスマスの原子核はプラスの電気を帯びているので、反発力でなかなかぶつからない上に、仮にぶつかっても核融合する確率が非常に小さいからです。

数多くの生成物から113番元素だけを選別するのは、さらに困難な作業になります。それを行うのが「分離器GARIS」です。この装置は理化学研究所で25年前に制作されたものですが、世界一の性能を誇っています。

こうして選別した113番元素を「半導体検出器」に導き、その崩壊過程を調べることで、一瞬存在して崩壊していった元素が113番元素だったことを確認するのです。

理化学研究所では、この実験を2003年9月5日に始め、2012年12月1日に終えました。この間、この実験で113番元素を合成できたのは、400兆回衝突させたうち、わずか3回でした。

113番元素は、3回発見されるまでに8年の歳月がかかりましたが、国際委員会に正式に承認(2016年12月)されるまで、さらに4年の歳月がかかりました。

次なる目標

現在、118番元素まで合成されているので、理化学研究所での次の目標は、119番元素と120番元素の発見を目指しているそうです。これらは元素周期表の第8周期に入るので、合成確率はさらに下がるようです。113番元素の発見により、文部科学省から40億円の予算がおり、実験装置の改造をすることができました。この予算で核融合の材料となる、高価な稀少元素も購入できるようです。

困難を伴うかもしれませんが、新たな新元素の発見に期待できそうですね。

日本発、アジア初 113番元素発見の意味するもの
理化学研究所RIビームファクトリーで生成された113番元素が国際的に新元素として認定されました。元素周期表に日本人の手で新たな元素が加わったことになります。かつて、新しい元素の発見は新しい物質科学の始まりを意味し、新物質はさまざまに利用され、人々の生活を豊かにしてきました。今回発見された113番元素は10年近い年月をかけ、困難な中で3原子を合成・発見しました。また寿命も約1000分の2秒とみじかく、瞬く間にほかの元素へと壊変してゆきます。新元素は現在のところ、人々の生活に直接かかわることはないと考えられます。しかし元素は世界の構成要素であり、これを探求することは、人類に化学の基礎を与え、原子核の安定性についてより深い理解を与えます。物質の存在にかかわる基礎研究の深化は、未来の科学、ひいては科学技術と社会の発展に大きな貢献をすることは間違いありません。
(理化学研究所の公式ホームページより)
名古屋市科学館の「元素周期表」の展示
名古屋市科学館の理工館5階「物質・エネルギーのせかい」の「原子・分子」コーナーに「元素周期表」の展示があります、113番元素「ニホニウム」以外にも、人工合成された元素が多数紹介されていますので参考にしてください。
名古屋市科学館の理工館1階の事務室前には、扉に元素記号が描かれた「コインロッカー」がありますので使ってみてください。